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目次
五十瓊殖命の東征、孔舎衛坂 の戦い、熊野越え、兄宇迦斯惨殺、国見丘の戦い
長髄彦暗殺、崇神天皇の即位、崇神天皇の野望、武埴安彦命の叛乱、四海道派兵
出雲平定、狭穂彦王の謀叛、本牟智和気命、倭建尊の東征、倭建尊の策謀
仲哀天皇の怪死、
神功皇后の新羅遠征、忍熊皇子の叛乱、神功皇后、誉田別尊
応神天皇、大山守皇子の謀叛、
菟道稚郎子毒殺、吉備の黒姫 、速総別王の冤罪
仲皇子の謀叛、忍坂大中津姫の説得、
穴穂皇子の策謀、大泊瀬皇子の暴虐
星川皇子の謀叛、武烈天皇の暴虐、男大迹王の野望 、
蘇我氏の台頭
蘇我馬子と物部守屋の対立、丁未の変、崇峻天皇暗殺、女帝誕生、遣隋使、
孝元天皇
文明の十字路 西トルコ紀行
冬のトルコを旅行した時の紀行文です。
行程は
関空〜イスタンブール(泊)〜トロイ〜イズミール(泊)
イズミール〜エフェソス〜パムッカレ(泊)
パムッカレ〜コンヤ〜カッパドキア(泊)
カッパドキア〜アンカラ(泊)〜イスタンブール(泊)
イスタンブール〜関空
2004年12月7日〜14日 8日間の旅でした。
北京・西安・上海 駆け足の旅
「北京秋天」、一年の内で最も好い季節、
秋を選んで中国を駆け足で旅行した時の紀行文です。
毛沢東が「万里の長城に到らない者は、立派な男ではない」と詠じた、
万里の長城に立ち、西安では念願の兵馬俑坑を見学した。
2002年10月14日〜18日 北京、西安、上海の旅
イタリア紀行
中世の佇まいそのままの古都「アッシジ」、
千六百年前、突然ヴェスヴィオ火山が噴火して埋もれた街、「ポンペイ」、
「ナポリを見て死ね」と言わしめた風光明媚な港町「ナポリ、ソレント」、
地中海の楽園「カプリ島」、そして「青の洞窟」、
花の都と呼ばれルネッサンス発祥の地、「フィレンツェ」、
水の都と称えられる「ヴェネチア」、
「ロミオとジュリエット」の舞台となった「ヴェローナ」、
イタリア・ファッションの発信地、「ミラノ」、
イタリアの悠久の歴史を感じさせられた旅であった。
2000年10月9日〜19日
ミラノ・フィレンツェ・ヴェネチュア・ローマと南イタリアの旅
叡山千日回峰行一日体験記
叡山千日回峰行は一千年以上前から叡山に伝わる究極の荒行である。この回峰行の道筋、およそ三十キロを一度歩いて見たいと思っていた。その事を友人のK氏に話すと意外にも坂本に有る叡山の里坊、律院で四月から十月まで毎月一回、宗派を問わず参加可能な回峰行の一日体験を実施しているとの事であった。早速、八月の巡拝に四人参加したい旨、律院に申し込んだ。こうして、テレビで見る世界と思っていたが、奇しくも叡山千日回峰行の一端を体験する機会に恵まれた。
2001年8月18〜19日
熊野古道
「蟻の熊野詣で」と称されるほど列を成して詣でた熊野古道の一つ、中辺路を歩いた時の紀行文です。
2000年5月14日〜16日
大峯山峯入紀行
今も女人禁制を頑なに守る、修験道の霊山、大峯山に洞川から登って吉野に下った時の紀行文です。
2001年9月17日〜18日
癒しの里「美山」
京都府北桑田郡美山町には江戸時代中期以降に建てられた茅葺き民家がおよそ二百五十棟も現存している。そこには忘れ去っていた里山が有り、田圃が広がり、茅葺き民家が点在する昔懐かしい農村の原風景を思い起こさせる町であった。
2002年6月5〜6日
小説 皇位争乱
日本書紀、古事記を題材に皇位継承にまつわる争乱を小説にしました。
我が家のペット「クー」
俺の名は「クー」漢字で書くと「空」、大空をイメージして名付けられたが、仏教の真理「空」にも通じる名前である。犬種は牧羊犬の「ボーダーコリー」、雄の4歳、両親は共にオーストラリア生まれである。 ボーダーコリーはスポーツドッグとして人気があり、一般的にはフリスビーが得意だが、俺は余り好きではない。ご褒美が無いとやる気はしない。
写真集
トルコ旅行写真集
北京・西安・上海旅行写真集
イタリア旅行写真集
グランドキャニオン写真集
ハワイ・ホノルル写真集
クー写真集